ひどいことをされても離れられないのはなぜか。「トラウマボンディング」の研究

ひどいことを言われたり、されたりしているのに、相手から離れられない。周りに「なぜ別れないの」と言われるほど、自分を責めてしまう。そう感じている人は少なくありません。研究では、離れられないのは意志の弱さではなく、関係のパターンそのものが強い愛着を生むことがわかっています。
3行でわかる
- 別れたばかりの女性75人の研究では、ひどい扱いと優しさが交互に来ることと、2人の間の力の差が、別れた後も続く愛着の強さと結びついていた。
- その愛着は6か月で約27%弱まったが、関係の中で受けた扱いが、6か月後の愛着の個人差の55%を説明していた。
- 354人の研究では、子どもの頃のつらい経験や、見捨てられ不安など不安定な愛着の傾向が、こうした結びつきを強める要因になっていた。
01何が起きているのか
トラウマボンディングとは、傷つけてくる相手に強く結びついてしまう状態です。ひどい扱いと優しさが交互に来る関係で起きやすいと考えられています。
トラウマボンディング(traumatic bonding)は、パートナーからの暴力や支配を受けている人が、その相手に強い愛着を持ってしまう状態を指す言葉です。研究者のDuttonとPainterが提唱しました。
彼らは、この結びつきが関係の2つの特徴から生まれると考えました。1つは、どちらかが一方的に力を持つ「力の差」です。もう1つは、ひどい扱いと優しい扱いが交互に来る「断続的な扱い」です。
ひどいことの後に優しくされると、その優しさが強く印象に残ります。「本当はいい人なのでは」と感じやすくなり、離れる決断が難しくなります。
02研究でわかっていること
離れられなさは、関係の中で受けた扱いの激しさや力の差と強く結びついていることが、複数の研究で確認されています。
Dutton & Painter(1993)[1]
暴力や支配のある関係から離れたばかりの女性75人を、別れた直後と6か月後に調べた。ひどい扱いが断続的に来る激しさと力の差が、別れた後も続く愛着、トラウマ症状、自己評価の低さと結びついていた。愛着は6か月で約27%弱まったが、関係で受けた扱いが6か月後の愛着の個人差の55%を説明していた。
対象: 暴力や支配のある関係を離れたばかりの女性75人(うち50人は身体的暴力あり) / 限界: 対象が女性に限られ、人数も多くない。
Shaughnessyら(2023)[2]
現在、暴力や支配のある関係にいる354人を調べた。子どもの頃に虐待を受けた経験と、見捨てられ不安などの不安定な愛着の傾向が、年齢・性別・恋愛感情の影響を除いても、相手への結びつきの強さを予測していた。結びつきが強い人ほど、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状も強かった。
対象: 現在、暴力のある関係にいる354人 / 限界: 一時点の調査で、因果の向きは確定していない。
Effiongら(2022)[3]
支援機関を訪れた女性345人を調べた。受けた暴力の量そのものより、相手の気持ちを感じ取り理解しようとする「共感性」の高さが、相手への結びつきの強さと関連していた。
対象: ナイジェリアの支援機関を訪れた18〜61歳の女性345人 / 限界: 1つの国の支援機関の利用者に限られる。
03見抜くサインと、身を守る小さな一歩
自分を責める前に、関係のパターンに目を向けることが第一歩です。優しさとひどい扱いの波、力の差を、記録で確かめます。
「ひどいこと」と「優しいこと」を両方メモする
日付と出来事を短く書き留めます。優しい時期だけを覚えていると、ひどい扱いが見えにくくなります。記録は相手が見られない場所に保管してください。
所要 1日1分
力の差がないかを確かめる
お金、連絡先、外出、人付き合いを相手が決めていないか、自分の意見を言うと不機嫌や怒りで返されないかを振り返ります。研究では、力の差が離れにくさと結びついていました。
所要 5分
「優しい相手が本当の姿」と決めつけない
ひどいことの後の優しさは、強く心に残りやすいものです。優しい時期があることと、ひどい扱いがなくなったことは別だと、言葉にして確認します。
所要 数秒
04距離の取り方と相談先
離れることを一人で決めて実行する必要はありません。安全を最優先に、相談窓口と一緒に計画を立ててください。
- 共感できる人ほど、相手の事情を思いやって離れにくくなることがあります。それはあなたの良さであって、弱さではありません。
- 別れた後も気持ちが残るのは自然なことです。研究では、愛着は時間とともに弱まっていました。
- 相手に別れを切り出す前に、相談窓口で安全な離れ方を相談しておくと安心です。
- 信頼できる友人や家族に、状況を少しだけでも伝えておきます。
05よくある質問
トラウマボンディングについて、よく検索される疑問に研究の範囲で答えます。
ひどいことをされても好きなのは、自分がおかしいからですか?
おかしいわけではありません。研究では、ひどい扱いと優しさが交互に来ることや力の差が、強い愛着と結びついていました。関係のパターンが生む反応だと考えられています。
別れたら、気持ちはすぐ消えますか?
すぐには消えないことが多いです。75人の研究では、別れて6か月で愛着は約27%弱まりましたが、関係の中で受けた扱いが激しいほど、気持ちが残りやすい傾向がありました。
ストックホルム症候群と同じものですか?
似た文脈で使われることがありますが、同じではありません。人質事件の被害者が犯人に好意を抱くというストックホルム症候群には、裏付けとなる実証研究が乏しいと指摘されています。トラウマボンディングは、親しい関係の中での暴力と愛着について調べられてきた概念です。
どんな人がトラウマボンディングになりやすいの?
354人の研究では、子どもの頃の虐待経験や、見捨てられ不安など不安定な愛着の傾向が要因になっていました。ただし、誰にでも起こりうることで、本人の責任ではありません。
出典
- Dutton, D. G., & Painter, S. (1993). Emotional Attachments in Abusive Relationships: A Test of Traumatic Bonding Theory. Violence and Victims, 8(2), 105-120. https://doi.org/10.1891/0886-6708.8.2.105
- Shaughnessy, E. V., Simons, R. M., Simons, J. S., & Freeman, H. (2023). Risk factors for traumatic bonding and associations with PTSD symptoms: A moderated mediation. Child Abuse & Neglect, 144, 106390. https://doi.org/10.1016/j.chiabu.2023.106390
- Effiong, J. E., Ibeagha, P. N., & Iorfa, S. K. (2022). Traumatic bonding in victims of intimate partner violence is intensified via empathy. Journal of Social and Personal Relationships, 39, 3619-3637. https://doi.org/10.1177/02654075221106237
- Bailey, R., Dugard, J., Smith, S. F., & Porges, S. W. (2023). Appeasement: replacing Stockholm syndrome as a definition of a survival strategy. European Journal of Psychotraumatology, 14(1), 2161038. https://doi.org/10.1080/20008066.2022.2161038